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せいぼじゃぱん
せいぼじゃぱん
日本とマラウイーせいぼじゃぱん

せいぼじゃぱんが設立する前から、遠く離れた東アフリカのマラウイ共和国と日本とでは繋がりがありました。

日本とマラウイの外交関係は1964 年にまでさかのぼり、日本政府は経済成長の促進により、貧困を削減しようとするマラウイ共和国をずっと支援し続けています。
知識や技術力を高めるために「人々から人々」という点をさらに重視し、地理的な距離にもかかわらず、青年海外協力隊(JOCV)を始めとするJICA の活動が非常に盛んに行なわれています。
また、公益社団法人 青年海外協力協会(JOCA) が、2012 年より東日本大震災で使えなくなってしまった2.2 ヘクタールの土地を耕作し、そこで、玄米粉を収穫し、マラウイに給食の一部として送り続け、子ども達の栄養改善に役立てています。

2011 年3 月11 日に発生した東日本大震災後に、なんと163 の国と43 以上もの国際団体が、日本のいち早い復興を願ってご尽力いただきました事は、皆さんも覚えていらっしゃる事と思います。
世界の貧しい国の1つに数えられているマラウイ共和国もまた日本のためにご尽力いただきました。 せいぼマラウイの総括マネージャーであるPeter Nkata(ピーター・ンカタ)氏は、日本のために約160,000 円をマラウイから日本大使館に寄付してくれました。
マラウイでは、1人当たりの平均年収が、30,800 円(*GNI ランキング2013 より)という中で、マラウイの人にとって、この寄付金額がとても大きな金額だった事を知りました。
「あったかハート」、アフリカ諸国の中でも人が優しく素直な人々という意味からマラウイに付けられたニックネームだそうですが、アフリカの「あったかハート」を感じました。

そんな「あったかハート」マラウイは、2015 年1 月の洪水で大きなダメージを受けて主要産業である農業は、2016 年1 月~ 3 月の間には、マラウイの28 の地区中25 の地区の約280 万人が厳しい食糧不安に直面するというニュースが入ってきました。
日本にいると、「貧困」という言葉は知ってはいるけれど、世界には毎日の食糧を確保する事も難しい地域に住んでいる子ども達がたくさんいるという現状に関しての情報がなかなか入ってきません。

私達の日本は、学校給食に関して長い歴史をもち、学校給食制度を確立した国の1つです。
それゆえに日本独自の観点から飢餓撲滅をめざして、私達のできる事から始めようとせいぼプロジェクトが始まりました。政治や文化が違っても、どこにいても子どもは子どもです。世界には貧困に苦しむ子どもが沢山います。

せいぼじゃぱんは、皆さんにマラウイで貧困によって何が起きているかという現状をお伝えして、1人でも多くのマラウイの子どもに給食を届けたいと動き始めました。
私達の思いはマラウイの子ども達にしっかりと繋がっていきます。

活動メンバー
デクラン・サマーズ(Declan Somers)
デクラン・サマーズ(Declan Somers)
デクラン・サマーズとせいぼとの関係は、彼が日本の通信会社で15年程前に働いていた時にトニースミス(Tony Smith)に出会った時から始まりました。
彼は2002 年にアイルランドに戻り数々の旅行会社を設立させた後、2012 年、Tony がマラウイで支援しているビーハイブ職業訓練センターを 訪れた時に人生観が変わりました。その年のうちにマラウイに移住し、Peter Nkata の下で3 年間働き、ビーハイブプロジェクトの拡大に貢献すると同時に、学校給食の本当の必要性を目の当たりにしました。
デクランはマラウイ滞在中に、学校給食活動に従事していたSawako Nevin に出会ったのです。
現在、貧困によって苦しんでいるマラウイの子供達が学校給食を食べられるように、日本でせいぼじゃぱんの活動に専念しています。
竹野 徹
竹野 徹
2013 年から2015 年夏までJICA ボランティア事業に参加し、マラウイの職業訓練所にてIT 教育に従事。ボランティア活動の中でBeehive のメンバーたちと知り合い、その理念に共感しBeehive の活動を支援すると共にSeibo Japan の立ち上げにも尽力する。現在は日系IT 企業での海外ビジネス推進に従事する傍ら、非常勤にてSeibo Japan の業務に携わる。